「自分の娘さんが、同じことをされたらどう思うのか。想像してみて欲しい」。
そう投げかけたところで、文科省と問題意識の共有はなかなか進みませんでした。
それは、今年になって国会で3度取り上げ、そして数え切れないほど文科省とやりとりした「医学科入試における、女子受験生に対する不当採点」について。
現状と進展をお伝えしたいと思います。
「医者になりたいから受験勉強を頑張る」。
そのような想いをもって机に向かう女子学生がいたとします。実際、相当数います。
しかし、その女子学生が努力に努力を重ねた末に、大学入試で医学部医学科を受験したところ、「女子」というだけで不利な採点をされました。
これは、遠い国の話でも、昔の日本の話でもありません。
わずか2年前に、日本で発覚した入試の不正です。
この不正は、文部科学省の局長が自身の息子を医学部に入学させるために、医大側に便宜を図っていた、そのような事件の捜査過程で偶然見つかったものでした。
「女子受験生は受かりにくい」と言われていた医学部入試の、パンドラの箱が空いた瞬間でした。
一つの大学だけではなく、日本全国の複数の医学部で、女子受験生や浪人生に不利な採点をしていたことが明るみとなりました。
発覚当時は、医学部を持つ全ての大学が文科省の調査に応じ、不正の兆候が伺える「男女別の合格率」を開示しました。
男子受験生の合格率が女子受験生の合格率より明らかに高い大学が多くあり、その中の幾つかの大学は、自ら女子受験生らを「不正採点」していたと自己申告し、処分を受けました。
このようなことが起きた2018年から2年後のいま、不正は無くなったのか。
残念ながら、その実態を伺い知ることはできません。
なぜなら、不正が発覚した翌年から医学部をもつ全大学の「男女別の合格率」が開示されていないからです。
私が初めて国会質疑で取り上げた当初、文科省は2019年入試の男女別合格率については、全医学部医学科が関わる全国医学部長病院長会議(AJMC)が自発的に公表することを「期待する」と答えました。
しかし、AJMCは待てど暮らせど男女別の合格率を開示せず、コロナ対応を理由に回答を先延ばしにし、入試から2年近くが経過した先月、「男女別の合格率は開示しない」との方針を文科省に通達してきました。
不正発覚当時は、信頼回復に取り組んでいるように見えた文科省も、大学側の影響を受けてか、いつしか「大学の自発的な公表を期待する」とトーンダウン。
私が調査を行うべきだと求めても、直接の権限がない、調査を行う法的根拠がないなどとし、あくまでもお願いする立場と、上記AJMCが自発的な公表を断念したのちも、大学側に公表を直接強く求めず、「自主的に公表しているかどうか」という間接的なアンケートすることに留まっていました。
文科省は及び腰、というだけでなく、大学側の消極的な姿勢を暗に支持しているのではないか、と疑われることもありました。
かねてから「学部ごとの入試調査はしていないのか?」と問い合わせるも、「学科別の入学情報の調査はしてません。従って、医学科の入試情報もありません。だから、自発的な公表を待ちます」との説明でした。
しかし、不正入試を担当している課の隣の医学教育課で、10年以上前から、医学部医学科全大学の、受験者数から合格者数、入学者数に至るまで詳細な調査を行なっていたことが、私の事務所の調査でわかりました。
「なぜこのような調査を行なっていることをこちらに伝えなかったのか。この毎年の調査に男女別の項目を加えれば済むではないか」そう担当課長に聞くも、「調査は知っていたが、利用する発想がなかった」と。
その担当課長は、2年前まで、調査をやってた医学教育課の課長でした。
このように、文科省の当事者意識はゼロに近いのです。
医学部医学科と文科省に潜む深い闇を感じつつ、国会質疑を重ねる都度、萩生田大臣から少しずつ前向きな答弁を引き出してきました。
そしてようやく来年から、毎年行なっている文科省の調査に「男女別の合格率」を項目として追加する、ということになりました。
私の事務所が指摘するまでは「毎年の調査はしていない」とし、「自発的な公表を待つ」としていたこれまでの対応を考えれば大きな前進だと思います。
とはいえ、大学側が文科省の調査に応じるかどうかは不透明です。
この問題、残念ながら他の議員の関心は高くないのが現状です。差別を容認するような声もありました。それが、大学側の「知られたくないことは公表しない」という態度を許し、もしかしたら、知らずに涙を飲んでいる女子学生を、そのことによって全く違う人生を歩む女性たちを、いまも増やしているのかもしれません。
私がこのことに本気になって取り組むきっかけは、国際結婚しているある夫婦の言葉です。
「娘が二人いるが、女性というだけで不利な採点をうけるこの日本のことを、10歳になった長女に合理的に説明できない」。
その言葉を残し、オーストラリアに家族で移住してしまいました。
率直に、このような不正が起きたことと、そしてその後も真摯な反省と信頼回復に努めない姿勢は、日本の恥だと捉えています。
「医者の世界は大変で、産休や育休、結婚で現場からいなくなる女性よりも、男性が必要なのだ」と、現場の実情を説く人もおります。
その過酷な実情は、私の姉が北海道の小児科医をつとめ、激務が重なり心身ともに衰弱し、一時期まともな生活を送れなかったことをもって、痛感しています。
だからといって、受験で女子受験生の点数を不正に低くして調整すべきことでは決してありません。
試験結果を不正によって男女比を調整するのではなく、その過酷な医療現場の現状を変え、男女ともに持続可能な働き方ができる場にしていくのが必要な道筋のはずです。
どのような理由であれ、各人が努力してのぞんだ受験の点数を「女性」であることを理由に不正に操作することは正当化されません。
対照的な意味で、まもなくアメリカ初の女性副大統領になるカマラハリス氏の演説の一文を紹介します。
「私は初の女性副大統領になりますが、最後の女性副大統領にはならないでしょう。なぜなら今夜、ここ(アメリカ)が可能性に満ちあふれた国だということを、全ての少女たちが目の当たりにしているからです。そして、私たちの国は、性別に関係なく、はっきりとしたメッセージを子どもたちに送りました。大きな夢を持ってほしい。信念を持って先頭に立ってほしい」。
我々の日本は、いま少女たちに何を見せているのか、そのことを決して忘れてはいけません。
「可能性に満ちあふれた国」をつくる責任は私たち大人にある。私はそう思います。