202006月16日

【改めること、その意義】

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約2年半に渡って、3人の防衛大臣に対し、何度となくイージス・アショアについて質疑をしてきた。

 

小野寺元防衛大臣からは「(配備には)地元の理解が必須」との答弁を、
岩屋前防衛大臣からは「地元の理解が得られるまでは契約はしない(のち、反故)」との答弁を引き出した。
そして今日、河野防衛大臣に対し、イージス・アショア配備プロセス停止に関する考えを質した。

 

昨晩、河野防衛大臣が「イージス・アショア配備プロセスを停止する」と発表した。

 

多くのメディアは唐突な発表だと捉えたようだが、この問題に向き合い続けてきた身からすれば、何も唐突ではない。秋田では、昨年おきた防衛省の杜撰調査をきっかけに、再調査が行われ、その調査結果に基づいた方針発表が何度も延期されている最中であって、1日も早い結論が待たれていた。

 

そうした中、ようやく政府の方針が出された。

 

「イージス・アショア配備プロセスの停止」が、担当する防衛大臣の答えだった。

 

停止という言葉に引っかかりを持つ人もいると思うが、最終決定は政府のNSC(国家安全保障会議)でされるものであり、その前提において、今回の判断は防衛大臣自身ができる最大限のものだろう。

 

全ては、2017年末、イージス・アショアを導入する閣議決定から始まった。

それまでの政府方針は、北朝鮮のミサイルが飛ぶ最中においても、「イージス艦によるミサイル防衛で万全」であったが、突如、中期防衛計画にもないイージス・アショアの導入が決まり、それから「イージス・アショアがなければ国が守れない」となった。

 

行政の無謬性(むびゅうせい)。

行政の無謬性とは、行政は絶対に間違えないんだ、間違えちゃいけないんだ、だから、一度決めたことを変更したり、撤回することは間違いを認めることになる、特に先輩たちが決めたことの間違いを認めることになるから、本音では見直したい、やめたい、そう思っていても、やめられない、これが無謬性。

 

実際、防衛省、自衛隊内部においても、イージス・アショアの莫大な予算や運用開始時期(早くても5年後)、性能含め、「実は止めたい」との声は絶えなかった。しかし、高度の政治性をもって決められたことに抗うこともできず、苦しい説明を強いられていた。
まさしく、無謬性に取り憑かれていた。

 

今回の河野大臣の方針に「急な方向転換は無責任だ」との、批判がある。

だが、考えたい。

 

間違いがあるのに、疑問点があるのに、過去に「大丈夫」と発言してきたことに拘泥されて、目を瞑って大丈夫だと言い続けることと、その間違いや疑問点に真摯に向き合って、方針転換することとでは、どちらが責任ある行為なのだろうか。

 

今回の河野大臣の判断を無責任だと非難するのであれば、
その方は、このブースターが住宅地に落下するリスクを住民に現段階で納得してもらう自信はあるのか。
その方は、この限りある予算の中で、将来の防衛のために必要とされる、宇宙、サイバー、電磁波開発予算を先食いし続けてまでも、この装備品に大量の予算を投入する妥当性を説明できるのだろうか。
町長が反対している山口県阿武町や、知事も市長も議会も、自民党県連も反対してる秋田県を説得し、地元の了解をとる確信があるのだろうか。
日進月歩の軍事技術開発の最中、最短でも5年後とされていた運用開始時期すらも危ぶまれる、この不確実な装備品に依拠し続けることが、安全保障上、正しい道だと説明できるだろうか。

 

それらが説明できずに、「今までの答弁と齟齬が生まれる」「事前に話を聞いていない」「(配備自体も不確実なのに)アショアは必要だ」と河野大臣を批判することのほうが、よっぽど無責任だと私は考える。

 

私は、この行き詰まったイージス・アショアの問題に対し、
無謬性を打破し、決断を下した河野大臣の判断を強く支持したい。

所属する会派の幹部から、
「絶対に英断というな」
「徹底的に批判しろ」との指示を受けたが、私はここに断言したい。

今回の判断は英断である。

 

そして、
政治家としての役割は、まさしくここにあると思っている。
この大きな決断は、無謬性に囚われず真に必要な防衛体制を整える大きなきっかけとなるだろうし、
そうしなければならない。

 

秋田県はこのイージス・アショアの問題に長らく振り回されてきた。
地域の分断も生んだ。
しかし、地域住民の諦めない活動と、地元紙の丹念な報道、多くの方々の弛まぬ努力によって大きな局面を迎えた。

昨日、記者会見直後の大臣から電話をもらい説明をうける最中、これまで地元の声をまとめるために日々時間を費やしてきた皆さん、時にコンビニに、住宅地の地図のコピーに走り、町内会での意思統一のために奔走されたお一人おひとり、署名活動に地道な努力を重ねられた方々のお顔が思い浮かび、なんとも言葉にし得ない万感の思いが胸に去来した。

 

与党内からの批判に耐え、これが政府の最終的な決定となるよう、大臣の判断を精一杯応援したい。
それが、イージスに翻弄され、計画撤回を悲願とする県民の思いに叶うことと信じている。
最後まで努力していく。

 

 

2020年6月16日
寺田学

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